終わらせるという行為について

何かを終わらせる、というという行為にはネガティブな響きがつきまとう。何かを辞めること、自分で幕を引くこと、いなくなってしまうこと・・・

ただ、全てはいつか終わる。

だから、自分で終わりを決めて、次に進むことも一つの方法だと思う。ロールプレイングゲームのように、ボスを倒したら終わり、という明確な目標があればいいけれど、人生には多分ない。だから、Lv.40になって、ボスを倒せるくらいの力がついたら、倒しに行くこともできるし、延々とLv.99まで上げることもできるし、なんとなくウロウロすることもできる。

ボスを倒したら大好きだったゲームが終わってしまう。

一方で、倒したことで新しいゲームをはじめることができるようになる。

一つのやることを決めて、極めるまで進む、という美しさがある。職人や武士のように。武士の友達はいないけど。しかし、そこに到達できる人はごく一部だ。だから、Lv.40というそこそこのレベルでボスを倒して、次のゲームに行くのだって悪くない。

というわけで、今Lv.40に近づいているゲームをいくつか終わらせに行っている。この基準は人それぞれだけど、僕にとっては仕事ならアプリで1番を取ることだったし、釣りならマグロだったし、ゴルフなら80台前半で回ることだし、ワインなら世界最高と呼ばれるものを飲むこと。

そこまではやるのは簡単ではないから相応の努力をするし、時間もお金も使う。

その結果、一度クリアするということは一つの区切りになるんじゃないかな。タマタマでもいいから、一度クリアして、終わらせる。

まあ、そんなことを気にしなくなったときに、その活動は自分にとっての本当の趣味になるんだと思う。そうしてただ時間を楽しめるようになることが楽しみだ。

今度は、そのために時間をタテじゃなく、ヨコにつかう方法について書こうと思う。