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起業家たちの年末年始の振り返りと決意ブログ10選

 

年末年始に読んだみんなの振り返りブログ、決意ブログが参考になったのでまとめてみました。

起業家が多いですが、目標の立て方と達成の手法はシューカツ中の学生にも参考になると思います。

経営者、会社に属する方、国会議員などいろんなプロフィールの方がいますが、働き方を考える上での選択肢が広がればと思います。

 

1. Retty立上げの経緯。2011年を振り返って by Retty 武田さん

確かハーバードのアントレプレナーシップに対する考え方だったと思う。

起業家精神とは、今あるリソースや自分の得意分野などを一旦全て取り払って、社会が求めてる問題だけを見て、スタートすること。リソースは後から必ず付いてくる。

2011年で数あるサービスの中で、マーケティングがうまいなと思った武田さん。「飲食」に関する問題意識がはっきりしているからこそ、つくって終わりではなく使ってもらうことを強く出せているのだと思います。創りたいサービスがあって、PHPをイチから学ぶ、という気合も!

 

2. 2011 by Wondeshake鈴木さん

今まで多 くの成功者のモデルは、成功後に体験談を語るケースが多い。でも成功してからじゃ、その人の喜び、辛さはほとんど感じられない状態になっていると思う。当 時のスリル、想い、それが全て事後的にまとめられる形ではそれを見る、聞く相手に違う印象を与える。「成功は簡単に手に入った」ということで、実情とは違 う認識をオーディエンスに与えるかもしれないし、逆に「死ぬ程がんばったから成功出来た」そういうとチャレンジ自体を諦める人を生みかねない。これはもち ろん間違っていないのだけど自分はこの形がもったいないと思った。事後報告ではなくて、リアルタイムでその「成功するか失敗するか分からない人々」の軌跡 を見れた方がきっとインパクトがあるって。正直Wondershakeが成功するか失敗するかなんて誰も分からない、でも今自分達が行っている活動をこの 瞬間から共有することで、さらにチャレンジをしたいってひとが出てくるはず。

リアルタイムで冒険を共有すること、僕も見ていて楽しいです♪

 

3. 新年の誓い!打倒Zyngaへの思い! by gumi国光さん

正直、今の若い世代がソニーの盛田さんや本田宗一郎さんの成功を聞いて奮い立つのは難しいと思います。今この時代にいる僕たちが、「まだまだ日本はやれんだぞ、日本舐めてんじゃねえ!」ということを見せていくこと、それが日本の再生に繋がっていくと信じています。

こんなにハングリーで、努力していて、しっかり間違っていることを指摘してくれる人はなかなかいないな、と僕はリスペクトしています。経営者としても、アニキとしても。有言実行を見ていくのは勇気をもらえるものです。

 

4. 2011年の振り返り2012 by CyberX小柳津さん

人としての成長は、
仕事だけで完結するとは全く思っていない。

合理性が時にはまかり通らない、
無償の愛が必要とされる家庭でも、
向き合いきることで、真の意味で成長すると思う。

両輪の脳みそで成し遂げたい。

サイバーエージェントグループ総じてですが、彼は特にコミットが強く、やると決めたら結果を出す人、という印象。ハロとは創業期も近く、3年以上のお付き合いですが、みるみる会社を成長させていく彼を見て、本気で素晴らしいなと思っております。

 

5. 2011年のまとめ by エクスクゥエイド合原さん

3月には大学卒業と結婚、6月には子供が生まれ、父親になりました。26歳にして父親になるなんて25歳の時点では思ってなかったのでホント人生何があるか分からないですね!1年でこんなに多くの変化が起きるのですから。

大学の後輩であり、寿司職人でもある彼は、突然お父さんになっています。僕もビックリするくらいですから、人生って面白いですね。

6. 来年こそは日本に明確なVISIONを by 松田公太議員

11月、Twitterのご縁でAerosmithのライブを一緒に観に行きました。

経営で学んだこと。
厳しい時ほど、一人でも多くの社員の気持ちを同じ方向に向かわせないと、絶対に失敗するという事。
反対は必ず一定規模以上出ますが、その人達にもしっかりと説明をすれば、少なくとも邪魔をする人は減ります。

ベンチャーはゼロから立ち上げるものなので、VISIONは創りやすい。しかし、既に大きな船になってしまったものにVISIONをもたせるのは困難を極めるでしょう。そこへ取り組んでいる姿が素敵です。

 

7. 2012年度は by オルガロ野村さん

2009年の9月の創業から、現在まで必死にただひたすら生き残るためだけに時間を費やしてきました。この2年3ヶ月間の経験はこれからの僕の人生において大きな大きな財産になるはずです。

こちらも同い年つながり。僕からみるとすごくガッツがあって、本当に死ぬほど仕事をしているのが伝わってくる。なんでもいいから、必死にやりきるということが大事なのは、多くの人が証明しています。

 

8. 2011スマホ元年 by サイバーエージェント藤田さん

いくら働く環境を良くし、本人がやりたいことを重視して仕事をしてもらっても、

本質的なことが改善されなければ働きがいが長く続くことはありません。

本質的なこととは、

・個人が充分な報酬を得ていて、

・事業にそれを裏付ける収益があり、

・会社と自分の成長を実感できる。

といったことです。

広告代理事業の改革に着手し、その成果が現れてくると本当に恐ろしく感じています。一方、お仕事させていただいて、本当に頼りになる会社だな、とも感じています。

 

9. 日本でスタートアップを立ち上げて9ヶ月が経って思うことbyLabitもっちさん

僕の会社も含めて、2011年に立ち上がった会社が2年後も生き残っているかどうかは、まだ分からない。あと半年後くらいにはある程度わかってくると思う。仲間のためにも、生き残らなければいけないという焦りは、常にある。

この仕事にはタイムリミットがある。

これから起業をするという人のために、僕が会社を始めてから最初に起こったことを書いておく。それは、いきなりの大成功でも、堅実な利益でも、多少注目を浴びたことによる恍惚感でも、ビジョナリーでもない。ただの「閉塞感」だ。会社を始め、サービスを始めて、それで世界は少しでも良くなっただろうか?周りがちょっと注目しているだけじゃないか。思うようにいかないと悩んでいる間も資本金は少しずつ減っていく。何より怖いものは、僕らは閉塞感だと学んだ。問題が大きすぎて、最初に抱いていたビジョンを忘れてしまうことだと学んだ。方針転換や撤退に対する覚悟も大事だと悟った。なによりチームの粘り強さと、仲間と知恵を絞って解決に努めること、少しずつ前進して組織にノウハウを貯めていく必要があると思った。

そして僕のチームはいま、その道中にある。きっと周りの起業家仲間たちも、同じことで悩んでいる。

彼とは直接話したことはないけれど、すごく伝えるのが上手い人だな、と思った。感じることと、それを人に伝えること。それがすごく大事。また、上記にもあるとおり、スタートアップの現状をリアルに感じていて、それを受け止めて事業を進めていること。それをチームでやっていること。今年はどこかで話をしたいなと思う。

10. 1年フリカエリ「3人の子供との3度目ノ起業」 〜その1「起業二至るマデ」〜 by シェアゼロ中川さん

しかし次のSTEPに起業の選択を選ぶには、3つの「十字架」を背負っていた。

  1. 子供が3人(しかも3人目は生まれたばかり)
  2. 家のローン
  3. 本気でやりたいことがない(人生の目的が定まってない)

十字架を背負って、それをポジティブに考える事。いろんな閉塞感は、考え方次第。

 

オマケ Playful Workerとしての2011年の振り返り by イセオサム

僕は、すこしばかり、いや大いに楽観的で有り過ぎたのかもしれない。自分があってほしいように物事を捉えていたのかもしれない。 あと60年ある人生、ゆっくり、一歩一歩歩くために、まずは足元をしっかり見ようと考えるようになりました。

でも、あるとき、正面から向きあうことの大切さに気がつきました。ヨメが、本当にしんどい状況で僕に言ってくれました。そこから、全てが変わりました。

これまで全速力で走ろうとしていた僕にとっての、人生初めてのブレーキです。

こちらは僕です。一生のうち、幸せの量って決まっていて、振れ幅の問題なんだと思います。これまで何不自由なく過ごしてきた僕が、初めて正面から向き合った壁かもしれません。

 

さて、いろんなバックグラウンドの方がいます。起業家のエントリーが多いですが(もちろん情報を出しやすい環境にいるから)、思いを共有することで、一年を素敵に始められるのでは、と思います。一人ひとりがアクションを起こせば、必ず未来を明るくすることができます。
これから僕も2012年の地図を書きます。

みなさんも目標をシェアして、希望が生まれる2012年にしましょう。


Playful Workerとしての2011年の振り返り

 

今日で2011年が終わるので、ブログで今年を振り返ろうと思います。

まず年初に立てた目標がこちら。

2011年の地図

Life:家族・感動・体験。

Work:Programming・English・Finance

家族という要素が増えたことが前年までとの大きな変化です。

そして、Programmingを始めたことが仕事において大きな進化をもたらしてくれました。

 

2011年の振り返り 〜Life〜

初めて、自分のペースではなく、人に合わせるという選択をした年でした。

その結果、仲間が現れ、一人で生きるより大きなモノを得ることが出来ました。

 

僕の人生観を変えてくれたのはこの2つの出来事です。

 

・ヨメの病気

去年結婚したヨメが、うつ病というものになりました。

明日さえもわからない状況になり、未来のことなんて考えられない状態。 最初の1ヶ月、全く接し方がわからなかった。ただただ、仕事をして、めんどくさそうに接することしかできなかった。僕もつかれていました。

僕は、すこしばかり、いや大いに楽観的で有り過ぎたのかもしれない。自分があってほしいように物事を捉えていたのかもしれない。 あと60年ある人生、ゆっくり、一歩一歩歩くために、まずは足元をしっかり見ようと考えるようになりました。

でも、あるとき、正面から向きあうことの大切さに気がつきました。ヨメが、本当にしんどい状況で僕に言ってくれました。そこから、全てが変わりました。

これまで全速力で走ろうとしていた僕にとっての、人生初めてのブレーキです。

秋に行こうと思っていたフィリピンへの語学留学など、家を空ける必要があるイベントを全て後回し、とにかく本やインターネットで病気について調べました。最初は誰にも言えなかったのですが、精神科医の友人や、同じ悩みを抱える人達が相談に乗ってくれました。 本当に解決することが難しい問題に対して、助けてくれる人たちが現れたのです。

お陰様で、半年前と比べて状況は格段によくなり、絆も深まったように思います。

でも、気晴らしにと借りてきた「ノルウェイの森」を一緒に見たのは大失敗だった。(ストーリーはご存知の通り)

 

・祖母の入院

祖母は5月に腸閉塞で入院し、誤嚥性肺炎を引き起こして2週間ほど意識不明の状態になりました。

人工呼吸器をつけている祖母に、何も出来ない自分と、人生の終わり方について考えさせられました。結果的には奇跡的に復活し、会話も出来る状態になったのですが、死ぬということ、何かを残すということ、生きているうちにするべきことを考えた出来事となりました。

なぜ山口から東京に来たのか、なぜハワイからきた祖父と結婚したのか、なぜ毎日コーラとアイスを食べていたのか。まだまだ聞けていないことが沢山あります。正月は、もっと会話をしたいと考えています。

 

この2つの出来事があったとき、本当に多くの仲間が支えてくれました。

HALOのメンバーもそうだし、友達、仕事の仲間、卒業して10年経った中高の同期もそうでした。

医者、弁護士、釣り仲間、ゴルフ仲間、そして起業家達に、実務面と息抜き面の両方で本当に助けてもらいました。ありがとう。

 

同時に、この病気を生み出している現在の日本の多くの働き方について、強い問題意識が生まれました。

 

2011年の振り返り 〜Work〜

仕事に関しては。前半は20点、後半は100点、合わせて60点の出来です。

HALOも創業して3年目、海を渡って名も知れぬベンチャーに来てくれた韓国娘に報いねば、と思った年でした。

今年の5,6月は本当に迷っていました。これ以上会社が迷走すると、仲間が離れていくと感じていました。

僕自身も、3年目で目が出なかったら辞めようかと思っていた。完全に心が折れていました。よくあるリセットということで、MBA留学にでも行こうか、とも考えました。実際に、スタンフォードにいる友人や、これからHBSに行く後輩にインタビューをしたり、英語の勉強も本格的に開始しました。フィリピンへの語学留学もまずはと計画したのもこの時期です。

ただ、9月に転機が訪れました。ブレイブソフトの菅澤さんと孫さんが韓国へ出張に行くというので、僕もピンと来て、ジョンヨンとともに行くことにしました。正直、家を4日間空けることは心が痛かったのですが、今行かねば、という直感を優先しました。

そこで10社の韓国スタートアップ達に会い、その中の1社appdiscoと提携をその場で決めるのですが、この4日間で全てが変わったと思います。

彼らのレベルの高さ、パッション、日本市場への思い、そして僕らとの共感。たまたま10月末にadtech TOKYOに出展することになっていた僕らは、1ヶ月でアプリをローカライズして、日本市場にデビューしよう、と持ちかけました。

結果は10月末リリース、12月9日に日本のappstore無料ランキング1位を獲得、インストール数も30万を超えるメディアとなりました。

 

矢野も書いていますが(HALO 3年目の成果)、3年目はConnecting dotsの年。

これまでやってきた点が、線になりつつある年になったと思います。

・2010年に入社した韓国採用組の活躍と、「Follolin」によるアドネットワーク運営と代理店販路の開拓

・2009年後半から始めたソーシャルメディア、スマートフォンによるマーケティング

・2008年の創業時からのモバイルマーケティング

そして、それを支えるのがこの業界で3年やってきて創り上げた仲間のネットワーク。

 

モバイルのアドネットワークの「GRAPE」と、Twitter特化型のアドネットワーク「Follolin」は今月でサービスを終了しますが、この2つのサービスが残したものはしっかり会社の資産となったと思います。

流行りの言葉で言うとPivotというやつかもしれません。

 

 

全ては自分の責任。自分に向きあうこと。やった仕事に対して結果を求めること。

今できることを、今いる場所でやること。今は、AからB地点に向かう途中ではなく、今、日々が到着地点であり、楽しむべき旅だと考えることで、楽しく働ける人が増えるのでは、と考えています。

 

2011年を時系列で振り返る

時系列というのも、振り返るにはいい方法です。

僕の場合は、dailyのツイートをevernoteに自動ポストし、一言加えて日記をつけているので、こちらをもとに振り返りました。

1月

初めて親戚となった女子高生、女子大生にお年玉というものをあげる。

プログラミングを学び始める。友人にC#で基礎を教わったのだが、これまで完全文系で拒否反応を示していた僕には、道が開けた出来事でした。

2月

HALOメンバーのビビアンが家庭の事情で帰国。仲間の離脱は悲しいが、卒業生が各国にいてくれたら心強い。

3月

3.11が発生。なんか街に人がいなくて、暗くて、諦めちゃった的な雰囲気がした。

ポポポポーンと不謹慎のあいだ。

でも、予定通り沖縄へ。釣りしたり、大好きなタコスを食べたり、毎年のイベント。

仕事では、アタカハジメさんと毎週日曜日の開発合宿を開始!

エンジニアや、デザイナーの仲間と助け合ったり、コラボしたりしました。

4月

4/11、ブログをリニューアルし、今の体制に。

Samurai Venture Summitに出展。スタートアップ界隈に学園祭的な盛り上がりを感じる。

孫泰蔵「世界を狙う起業家に必要な心構えとは?」10のまとめ

5月

iPhone用、HTML5で動く時計作ったり。超初心者の僕としては、作ったものが動くって感動。

祖母が入院。腸閉塞で入院からの誤嚥性肺炎で人工呼吸器に頼ることに。

ちょっと疲れて、引き寄せられるように。立ち寄った赤坂の氷川神社にお参り。自分、何やってんだろうと思った。

逃げ出そうとしているベンチャー起業家なんていない。それが一番カッコ悪い。

6月

新婚旅行でイタリアに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィレンツェの街並み。

帰国後はスタートアップ関連のイベントにひと通り顔を出す。うろうろしているときは迷っている証拠だ、と後から気づく。

7月

ヨメがうつ病と診断される。会社をやめ、しばらく家でゆっくりすることに。

麻布卒業10周年の同窓会を開催。氷上校長の「自由」についての話に僕の原点を思い出す。

幻想を持つこと〜母校の校長先生特別講義録〜

8月

気晴らしにと、中高の釣りバカ仲間と相模湾に釣りに行った。

マグロは釣れなかったけど、海から見る日本は美しかった。

そして、日本を海の上からみることで、この極東の島国で、ソニー、松下、トヨタなどのグローバル企業、そしてプロダクトが作られたことが奇跡に思える。日本人の強みだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シイラをゲット。

HALOのオフィスを移転した。3年目で3つめのオフィス。ちょっとずつだけど、確実に積み重なっている。

メールで香港のAISECの学生が連絡をくれて、東京でランチをすることに。自分の英語力の低さに落ち込み、レアジョブを始めた。

9月

2011年も最後の1/3になって、やっと糸口をつかめてきた。ハロを始めていちばんみながんばっているかも。受注と、新規事業と、各自の強みを活かせる仕事が溢れている!

インターンを積極的に採用し、実践の仕事をする。本当に助けられたし、僕らも本気の仕事場として、価値を提供できているといいな。

会社のベースとなるサービスにトラブル。お客さんにも迷惑をかけたし、しんどかったけど、ピンチの時にまとまるメンバーが誇らしかった。

韓国出張で10社のスタートアップと会う。

第3クオーター最終日。無事達成し、打ち上げをすることができた。焼肉からのダーツで土下寝2回発生。

われわれは仲が良いことが強みになる。これからは、ONE PIECEの仲間のようにメンバーが増えて言ったらいいな。。

10月

韓国の提携企業、appdiscoのメンバーが来日。

開発合宿メンバーにサービスのFBを求めたり、久しぶりにclubに行ったりと日本を感じてもらった。

adtec TOKYOに出展。自分たちのサービスを世に問うことは、非常に楽しい。

HALO流 #adtechTOKYO への出展結果と気をつけたこと

 

 

 

 

 

 

 

11月

猫を飼うことになった。が、トライアルの初日に体調を崩して亡くなった。嫁と二人で泣いた。でも、新しい家族がくるという準備で、ヨメは元気になってきたようだ。ありがとう。その後に、今は2匹の猫と暮らしています。

HALOの今後の方向性について話しながら、メンバーで飲む。その後、久しぶりに矢野と二人で深夜まで飲んだ。大事な夜だったと思う。

Tully’s coffee創業者、松田公太さんと縁あってAerosmithのライブに。爽やかなきもちにさせてくれた。Twitterで行く人募集していたんだけど、飛び込んでみるもんだ。

レーシックをしたら、目が良くなると同時に世の中もちょっとだけ見えるようになった気がした。

12月

フジテレビ、ブレイブソフトとの共同プロジェクト「ごきげんようのサイコロ」をリリースした。共同事業の進め方、ユーザーの使い方を本当に考えた。

12/9、iPhoneアプリ『アドラッテ』がAppstoreランキング1位を獲得。創業依頼、一番手応えを感じている。

HALO感謝祭を開催。去年は10人だったけど、今年はインターンが増えて20人。みんな、よくやった!

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

「ONE PIECE」をやっと読んだ!

会社を自分たちでやるって、海軍を創るんじゃなくて、海賊になるってことだと考えてる。どっちが正しいってものじゃないけど。少なくとも僕らは、海賊でありたいし、圧倒的な自由と冒険を追求したい。

LIVEに沢山行った!

なぜか10月から連続でSIAM SHADE、Aerosmith、Eric Clapton、B’zとスーパーギタリストのライブに行く。ステージで表現すること、音で世界にメッセージを伝えること。LIVEの場が、一番元気をもらえるんだ。とくにJoe Perry, Eric Claptonはもう生で見ることができないかもしれないけど、還暦すぎているオジサンがこんなにやるなんてすごい。B’zも23年も第一線でやっているわけで、会社の3年なんてほんの駆け出しに過ぎないな、とも思った。

 

というわけで、なんだか盛りだくさんな1年でした。家族は一人より二人、仲間は同じ目的を持てるやつらが沢山いたらもっと楽しくなるな、と思っています。このブログを通じて共感を広げている仲間のみなさん、今年はありがとうございました!

来年もよろしくお願いいたします。

 

2011.12.31

Osamu Ise / イセオサム

 

会社を作って3年で見えたもの -ビジョンの重要性-

HALOという会社を矢野・中林と共同創業して丸3年が経ちました。

本当にあっという間でしたが、沢山のことがありました。 僕なりに気づいたことがあるので振り返ってみます。

2008年〜2011年の振り返り

3年で、転換期は10回以上訪れました。

  • 原価のかからない広告代理事業で短期黒字化。
  • 開発会社とレベニューシェアでアドネットワーク事業開始。
  • 人材募集してないのに応募してきてくれたヤツを採用。
  • 中国へのSEMアウトソーシング事業をテスト。
  • 韓国行って新卒を現地採用。
  • 流行りのソーシャルアプリ参入。すぐ撤退。
  • 8人中新卒4人という事態。
  • 7ヶ月連続赤字。
  • 全員でがむしゃらに営業して危機脱出。
  • ソーシャルメディアの企画・制作・運用事業スタート。
  • ソーシャルアド事業開始。
  • テレビ局への人材派遣開始。
  • テレビ×フラッシュマーケティング事業開始。
  • ガラケーからソーシャルメディアに主力事業を転換。
  • 韓国企業と提携、スマートフォンメディア事業開始。

など。

人員を増やしてみたり、新規事業を始めてみたり、やむなく撤退したり。事業フォーカスの観点からしたら、いろいろやりすぎかもしれません。その結果、やってはいけないことの判別がつくようになる一方、どこを目指すべきか、という軸の必要性を強く感じるようになりました。

周りを見渡すと、同時期、もしくは少し早く起業していたアトランティスの木村さん、ノボットの小林さん、コニットの橋本さん、そして高校の先輩でもあるブロードテイルの紀平さんはそれぞれ完全に事業をフォーカスしてExit。

また、「クラリスの会」と称して、2009年から定期的に起業家セミナーを開催したり、忘年会をしたりと集まっているビヨンドの一谷さん、wanoの野田さん、サイバーXの小柳津さん、エステティクスの齊藤さん、そしてEagleの藤永さん達もそれぞれ素晴らしい成長を遂げています。

一方、3年くらいすると、このまま普通に成長していけば良いんじゃないかという企業もあります。3年で約7割は倒産すると言われているので、もちろん残っていることだけでも素晴らしい事ですが。

僕らが起業した2008年のリーマンショック直後とは違い、最近では若く、優秀(だと思われる)スタートアップが次々と誕生しています。よく聞くフレーズは「世界を変える」ですが、事業を始めるのに良い環境になってきている一方、なぜその事業をやるのか、会社を興すのかをよりしっかり考えさせられることが多くなりました。

理念とビジョンについて

大体会社のホームページには、「理念」や「ビジョン」が並べられています。しかし、それを実現できている会社はごくわずかです。掲げるのは簡単だし、楽しいことですが、それを継続して、体現し続けるのは並大抵のことではないでしょう。

今、特に感じているのはビジョンの重要性です。理念はあるけどビジョンがない。そんな会社が多いのではないでしょうか。

※ここでの理念・ビジョンの定義

 理念 = 考え方(企業活動において最優先される考え方のベース)

 ビジョン = 夢(将来のあるべき姿)

 定義はいろいろありますが、ぼくはこう考えています。

理念が一人ひとりに浸透している会社は、軸がしっかりしています。お付き合いのある会社でもそうだな、と感じる会社が多いですが、どの人にあっても共通する空気があるのです。それは、素晴らしいことだと思います。

しかし、共通のビジョンに向かって走っている会社は、意外と少ないなと感じます。理念はその場に留まっている分には機能しますが、大波がきたり、混沌とした状態になると前に進むための明確なビジョンが必要になります。

そして、明確なビジョン=目指すところがない会社は活力が失われ、メンバーも事業をやる意義を見いだせず、離れていってしまうのでしょう。

ビジョンとは何か

僕はマンガをほとんど読まない子供だったのですが、最近になってONE PIECEを読む機会がありました(本当にいまさらですみません)。

主人公、ルフィのビジョンは「海賊王におれはなる!」 ワクワクするビジョン=夢があって、それに向かって進むこと。そして、そのプロセスを心から楽しむこと。だから、同じ志を持つ仲間が集まってきます。

この3年を振り返ると、仲間が増えたのは目指す方向性があった時代。仲間が減ったのは方向性が分からなくなった時代でした。会社を経営することとは、集めた人をマネジメントするというより、先にビジョンを持って引っ張っていくことだと改めて感じました。3年前にも腐るほど本で読みましたが、やってみるとそういう事だったと思います。

何かを決めるジャッジの場に立たされたときにビジョンは生きてきます。 例えば、「日本はTPP参加すべきか否か」というテーマ。 メリット、デメリットばかりが論じられますが、松田公太さんのブログで気づきました。

問題の本質は、これも民主党の歴代総理に共通することですが、野田総理に「この国をこうしたい」という信念やビジョンが無い事だと思います。 by 松田公太さん

やる、やらないのジャッジがつかないのは、ビジョンが無いからだと。

日本をどうしたいのか。それが描けなければ、リーダー失格。何かやらないことを決めていくような消去法では、前向きな決断はできないのだと。

ビジョンといえばケネディ大統領が有名ですが、やはり、ワクワクしますよね。

「我々は月へ行くという選択をした。60年代が終わるまでに月へ行く」

夢を持つこと

よく、「夢を持て」と言われます。一方、現代は夢を持ちづらい時代だ、とも言われます。例えば就職活動の時に、一生をかけてやりたいものを見つけられている人は1%も存在しないと思います。僕もそうでした。

僕は天才ではないので、がむしゃらでもいいから前に進み、探し続けることが大切なんじゃないか、と考えるようになりました。これは、Steve Jobsも言っています。

時どき人生には頭をレンガで殴られるようなことが起きる。しかし信念を失ってはいけない。私がここまで続けてこられたのは、自分がやってきたことを大好きだったからです。君たちも自分が大好きなことを見つけなければならない。それは仕事も恋愛も同じです。仕事が人生の大きな部分を占めるので、本当に満足を得る唯一の道は、素晴らしいと信じる仕事をやること。素晴らしい仕事をしたければ、大好きなことを仕事にすること。もしまだ見つかっていないなら、探し続けなければならない。とどまっていてはいけない。

例えばハロには、「ハロの機会になる」と言って韓国からきたメンバーがいます。本人は覚えているかどうかわかりませんが、なにか、直感のようなものがあったのでしょう。

もちろん、その時点で何をやるかなんて決まっていないのですが。 不思議なもので、それからちょうど2年後の今、韓国の起業家と日本をつなぐ事業に取り組んでいます。そして、その事業にはグローバルに人と人をつなげるというビジョンが生まれつつあります。

3年仲間とトライを繰り返したことでやっと見えたのが、創業時に持ちきれなかった、ビジョンの持ち方、具体性、そして大切さでした。

★★★

3年前に掲げた理念、ビジョン、ミッション、コアバリュー。

理念  希望が生まれるシカケをつくる

ビジョン  2028年までに、世界を最も明るくした会社になる。

ミッション  目標・自尊心・信頼できる仲間を持ち、未来に期待する人を増やす。

コアバリュー

自由と責任を愛する

オープンマインドを持ち、相乗効果を生む

アイディアとユーモアを加える

知的非常識を大切にする

ワクワクする方を選ぶ

グローバルに考え、アクションする

すべてのステークホルダーは、パートナー

この価値観によって、未来への期待をつくります。

株式会社HALO

 

HALO流 #adtechTOKYO への出展結果と気をつけたこと

 

10/27,28の両日、HALOはadtech TOKYOへ出展してきました。

 

今回は、「アドラッテ」というiPhoneアプリメディアでの出展。

CMを見て、クイズに答えて、ポイントを貯めるアプリです。広告主にとっては、CMを見てクイズに正解するモデルなので、サービスの正確な理解を与えることが可能です。

 

※先日発表した、韓国appdisco社との提携で日本デビューしました。

ちなみに韓国では、iPhone、android合わせて50万人が使うメディアです。

目的は、広告主や代理店に商品を知ってもらい、販売をお願いすることです。

 

結論としては、非常に満足でした。

そこで、出展する際に気をつけたことをシェアしたいと思います。

 

今年が初参加、かつそもそも行ったこともないということで、

なるべく空気を読まないように準備をしました。

 

■数値結果

1to1のデモをお見せする:200回くらい(4人でローテーション)

名刺交換:300枚くらい

ボールペン&チラシ配布:500本品切れ!

 

■効果

・サービスを理解してもらうことができた。

・サービスに関するフィードバックを得ることができた。

・会社名を売ることができた

・同窓会的に仲間と一度に合うことができた。

・プレゼンを何十回もやることで、上手くなった

 

■気をつけたこと

1. ブースで目立つ

来場者はカンファレンスがメインの場合も多い。よって、通りすがりでも目を引くブースにする。

 

 

 

 

 

 

 

iPhone実機でのデモの他に、映像と音楽をかけっぱなしにしてイメージをすり込みました。

2. 人で目立つ

ブースは1mの幅のみ。しかし、人なら縦横無尽に動き回れる。

僕らは黄色いアドラッテTシャツを用意して、インターンにも着てもらって、うろついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと、きっとイノベーションゾーンでは唯一。

コンパニオンを用意した。

あみちゃん。すごくいい子でした。(写真中央。右はジョンヨン)

 

 

 

 

 

 

 

3. コストにも気を使う!

adtechは敷居が高そう?

いや、そうでもない。

イノベーションゾーンは10万円で1mサイズのブースを持てます。

ちなみに、メインの所は60万円〜(ですよね?)。

センターの電通、OPT、CAたちのあたりは300万円くらいかな。

やり方次第!

 

番外編

Angry birdsのヤツらはブースも出してないのに赤いブルゾン来てうろついてた。フリーライダー。

Hootsuiteはフクロウ君連れてきてた。カワイイから許す。

目立ったもん勝ちという精神のヤツらです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■お会計

ブース代:10万円

チラシ1000枚:2万円

ボールペン500本:2万円

Tシャツ10枚:3万円

ポスター:1万円

コンパニオン:○万円(そんなに高くないです)

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計20万円くらい+人件費。

 

3件受注とれたら全然余裕でペイします。

というわけで、イノベーションゾーン、オススメです♪

特に、広告系のスタートアップももっと参加してもいいんじゃないかな。

 

最後に、dmgの武富さん、古谷さん、坪井さんほか皆様、運営お疲れさまでした。

そしてイノベーションゾーンを用意してくれた電通の藤田師匠、ありがとうございました!

 

次はSF、NYを目指して♪

 

25歳の時、オプトのみんなに送った卒業メール

 

今月で、前職を退職し、株式会社ハロを立ち上げて3年になります。

 

ちょうどちきりんさんのブログで「退職挨拶メール」を共有しよう!というエントリーがあったので、振り返りの意味も込めて3年前の自分を登場させてみたいと思います。

※以前書いていた「イセオサム会議」というブログに載せた記事(多少補足しています)

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2008年10月31日

本日がオプトの伊勢修としての最後の日です。

社内のみなさまには温かいお言葉をたくさんいただきまして、感激しております。

明日から、パートナーと立ち上げる新会社で活動することになりますが、
自分の言ったことに責任を持つよう、この「イセオサム会議」にも社内のみなさまに送ったメールを掲載しておこうと思います。

 

みなさまへ

私イセオサムは、2008年10月31日にオプトを卒業します。

そして11月1日より、モバイルに特化した新会社を立ち上げます。
これまで、本当にお世話になりました。

オプトライフを振り返りつつ、僕からオプトへのお礼の言葉を伝えさせてください。
長文となりますが、少しでも働き方の参考になればと思います。

 

僕がテレビ業界(日テレ)からオプトに来たのは、2006年3月。

既存のビジネスを守る企業から、動きの激しいネットの流れの中入ったことは、
非常にエキサイティングでした。

2年と7ヶ月を、少しだけ振り返ってみます。

 

■2006年
モバイル&クロスメディア部に所属した僕は、
ベンチャー感たっぷりのテレアポから始め、
営業と、メディアプランニング双方をこなし、むしゃらに働きました。
当時、チャリ通勤していたので、終電など気にせず深夜まで。。。

ハーフパンツで出勤し、Nさんの雷が落ちたことは忘れません。
(申し訳ありませんでした!)

この年、最短でMVPを取ると意気込んでいた僕は、年末の授賞式で見事撃沈。
オプトの層の厚さを感じました^^;

 

■2007年
組織も大きくなり、モバイルも営業とメディアの組織を分割。
そこからは、媒体社とのリレーション強化に努め、社外人脈の拡大を図りました。
ビジネスの交流会によく顔を出すようになったのもこのころです。

また、Yさんに「マネジメントしっかりやってから起業しろ」と
言われたことが強く印象に残っています^^

その後は、モバイルのグループリーダーとして、
「オプトで一番楽しいチームを作る」
というモチベーションで仕事に取り組みました。

メンバーに恵まれ、めちゃめちゃ楽しかった。
きっとメンバーの方も・・・だとよいなと思ってます。
(Rさん、Nさん、Cさん+Kさん、Yさん)

新規事業プランコンテストでは最優秀賞をいただき、
矢野(ハロを共同創業)とともにテストマーケティングを実施。
別会社化にはいたりませんでしたが、プラン立案の経験が財産になりました。

 

■2008年
電通との資本業務提携強化、というビッグニュースに震える中、
リーダー業務が仕事の中心になっていきました。

自分も含め、オプトで一番若いモバイル部にて、
自分で人を育てることの他に、「教えられる人を育てる」ことの難しさを痛感しました。

7月に営業に異動になり、モバイルの提案をメインにしながら、
視野拡大、粗利の追求、選択と集中の必要性を実感しました。

そして「自分が実現したいことを提案し、実行する」という想いの重要性を学びました。

そして今に至るわけですが、
僕を成長させてくださったのは、なによりも仲間の存在でした。

◆先輩方へ
これまで、本当に沢山のことを教えていただき、ありがとうございます。
営業同行したり、一緒にメディアと接する中で、
多くの技術、ハートを学ばせていただきました。
設立する新会社でも、何かお役に立つことができれば幸いです。

◆後輩たちへ
一緒に仕事をしてくれてありがとうございます。
楽しく仕事をするために、おせっかいですが一言だけ。
何かひとつ、自分のプロフェッショナルを見つけてください。
僕にとって、それがモバイルでした。(まだまだですが)

それがあると、クライアント様にも自信をもって語れますし、
社内外でも、いろんな方からの相談がきます。
・新規事業の立ち上げ
・媒体収益化
・VCの出資案件の相談
・他部署からの依頼(断らないでね^^) などなど。

◆一緒に仕事をしてくれた仲間へ
お互いを高めあい、尊敬できる仲間といたからこそ、
自分が成長できたと思います。
みなさまをライバルだと思ってました。
これからも、仲間でいてください。

本当に、ありがとうございました。

 

というメールです。

僕は、オプトの卒業生であることを、これからも胸を張って語っていこうと思います。
また、一緒に仕事ができることを楽しみにしております。

 

最後になりましたが、僕とお仕事をしてくださったお取引先様各位へ。

モバイルという、まだ新しいメディアに対し、積極的に取り組んでいただきありがとうございます。

これからも、オプトを、そしてイセオサムをよろしくお願いいたします。

 

2008年10月31日

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以上。

 

当時の僕は25歳。

20代で新しい分野のプレイヤーから10人単位のマネジメントまで、多くの経験をさせてくれた前職にやっぱり感謝、です。

でも、MVPは獲りたかったな。