今日で2011年が終わるので、ブログで今年を振り返ろうと思います。
まず年初に立てた目標がこちら。
2011年の地図
Life:家族・感動・体験。
Work:Programming・English・Finance
家族という要素が増えたことが前年までとの大きな変化です。
そして、Programmingを始めたことが仕事において大きな進化をもたらしてくれました。
2011年の振り返り 〜Life〜
初めて、自分のペースではなく、人に合わせるという選択をした年でした。
その結果、仲間が現れ、一人で生きるより大きなモノを得ることが出来ました。
僕の人生観を変えてくれたのはこの2つの出来事です。
・ヨメの病気
去年結婚したヨメが、うつ病というものになりました。
明日さえもわからない状況になり、未来のことなんて考えられない状態。 最初の1ヶ月、全く接し方がわからなかった。ただただ、仕事をして、めんどくさそうに接することしかできなかった。僕もつかれていました。
僕は、すこしばかり、いや大いに楽観的で有り過ぎたのかもしれない。自分があってほしいように物事を捉えていたのかもしれない。 あと60年ある人生、ゆっくり、一歩一歩歩くために、まずは足元をしっかり見ようと考えるようになりました。
でも、あるとき、正面から向きあうことの大切さに気がつきました。ヨメが、本当にしんどい状況で僕に言ってくれました。そこから、全てが変わりました。
これまで全速力で走ろうとしていた僕にとっての、人生初めてのブレーキです。
秋に行こうと思っていたフィリピンへの語学留学など、家を空ける必要があるイベントを全て後回し、とにかく本やインターネットで病気について調べました。最初は誰にも言えなかったのですが、精神科医の友人や、同じ悩みを抱える人達が相談に乗ってくれました。 本当に解決することが難しい問題に対して、助けてくれる人たちが現れたのです。
お陰様で、半年前と比べて状況は格段によくなり、絆も深まったように思います。
でも、気晴らしにと借りてきた「ノルウェイの森」を一緒に見たのは大失敗だった。(ストーリーはご存知の通り)
・祖母の入院
祖母は5月に腸閉塞で入院し、誤嚥性肺炎を引き起こして2週間ほど意識不明の状態になりました。
人工呼吸器をつけている祖母に、何も出来ない自分と、人生の終わり方について考えさせられました。結果的には奇跡的に復活し、会話も出来る状態になったのですが、死ぬということ、何かを残すということ、生きているうちにするべきことを考えた出来事となりました。
なぜ山口から東京に来たのか、なぜハワイからきた祖父と結婚したのか、なぜ毎日コーラとアイスを食べていたのか。まだまだ聞けていないことが沢山あります。正月は、もっと会話をしたいと考えています。
この2つの出来事があったとき、本当に多くの仲間が支えてくれました。
HALOのメンバーもそうだし、友達、仕事の仲間、卒業して10年経った中高の同期もそうでした。
医者、弁護士、釣り仲間、ゴルフ仲間、そして起業家達に、実務面と息抜き面の両方で本当に助けてもらいました。ありがとう。
同時に、この病気を生み出している現在の日本の多くの働き方について、強い問題意識が生まれました。
2011年の振り返り 〜Work〜
仕事に関しては。前半は20点、後半は100点、合わせて60点の出来です。
HALOも創業して3年目、海を渡って名も知れぬベンチャーに来てくれた韓国娘に報いねば、と思った年でした。
今年の5,6月は本当に迷っていました。これ以上会社が迷走すると、仲間が離れていくと感じていました。
僕自身も、3年目で目が出なかったら辞めようかと思っていた。完全に心が折れていました。よくあるリセットということで、MBA留学にでも行こうか、とも考えました。実際に、スタンフォードにいる友人や、これからHBSに行く後輩にインタビューをしたり、英語の勉強も本格的に開始しました。フィリピンへの語学留学もまずはと計画したのもこの時期です。
ただ、9月に転機が訪れました。ブレイブソフトの菅澤さんと孫さんが韓国へ出張に行くというので、僕もピンと来て、ジョンヨンとともに行くことにしました。正直、家を4日間空けることは心が痛かったのですが、今行かねば、という直感を優先しました。
そこで10社の韓国スタートアップ達に会い、その中の1社appdiscoと提携をその場で決めるのですが、この4日間で全てが変わったと思います。
彼らのレベルの高さ、パッション、日本市場への思い、そして僕らとの共感。たまたま10月末にadtech TOKYOに出展することになっていた僕らは、1ヶ月でアプリをローカライズして、日本市場にデビューしよう、と持ちかけました。
結果は10月末リリース、12月9日に日本のappstore無料ランキング1位を獲得、インストール数も30万を超えるメディアとなりました。
矢野も書いていますが(HALO 3年目の成果)、3年目はConnecting dotsの年。
これまでやってきた点が、線になりつつある年になったと思います。
・2010年に入社した韓国採用組の活躍と、「Follolin」によるアドネットワーク運営と代理店販路の開拓
・2009年後半から始めたソーシャルメディア、スマートフォンによるマーケティング
・2008年の創業時からのモバイルマーケティング
そして、それを支えるのがこの業界で3年やってきて創り上げた仲間のネットワーク。
モバイルのアドネットワークの「GRAPE」と、Twitter特化型のアドネットワーク「Follolin」は今月でサービスを終了しますが、この2つのサービスが残したものはしっかり会社の資産となったと思います。
流行りの言葉で言うとPivotというやつかもしれません。
1カ月で海外のアプリをローカライズする方法-HALO Alatte
全ては自分の責任。自分に向きあうこと。やった仕事に対して結果を求めること。
今できることを、今いる場所でやること。今は、AからB地点に向かう途中ではなく、今、日々が到着地点であり、楽しむべき旅だと考えることで、楽しく働ける人が増えるのでは、と考えています。
2011年を時系列で振り返る
時系列というのも、振り返るにはいい方法です。
僕の場合は、dailyのツイートをevernoteに自動ポストし、一言加えて日記をつけているので、こちらをもとに振り返りました。
1月
初めて親戚となった女子高生、女子大生にお年玉というものをあげる。
プログラミングを学び始める。友人にC#で基礎を教わったのだが、これまで完全文系で拒否反応を示していた僕には、道が開けた出来事でした。
2月
HALOメンバーのビビアンが家庭の事情で帰国。仲間の離脱は悲しいが、卒業生が各国にいてくれたら心強い。
3月
3.11が発生。なんか街に人がいなくて、暗くて、諦めちゃった的な雰囲気がした。
ポポポポーンと不謹慎のあいだ。
でも、予定通り沖縄へ。釣りしたり、大好きなタコスを食べたり、毎年のイベント。
仕事では、アタカハジメさんと毎週日曜日の開発合宿を開始!
エンジニアや、デザイナーの仲間と助け合ったり、コラボしたりしました。
4月
4/11、ブログをリニューアルし、今の体制に。
Samurai Venture Summitに出展。スタートアップ界隈に学園祭的な盛り上がりを感じる。
5月
iPhone用、HTML5で動く時計作ったり。超初心者の僕としては、作ったものが動くって感動。
祖母が入院。腸閉塞で入院からの誤嚥性肺炎で人工呼吸器に頼ることに。
ちょっと疲れて、引き寄せられるように。立ち寄った赤坂の氷川神社にお参り。自分、何やってんだろうと思った。
逃げ出そうとしているベンチャー起業家なんていない。それが一番カッコ悪い。
6月
新婚旅行でイタリアに。
フィレンツェの街並み。
帰国後はスタートアップ関連のイベントにひと通り顔を出す。うろうろしているときは迷っている証拠だ、と後から気づく。
7月
ヨメがうつ病と診断される。会社をやめ、しばらく家でゆっくりすることに。
麻布卒業10周年の同窓会を開催。氷上校長の「自由」についての話に僕の原点を思い出す。
8月
気晴らしにと、中高の釣りバカ仲間と相模湾に釣りに行った。
マグロは釣れなかったけど、海から見る日本は美しかった。
そして、日本を海の上からみることで、この極東の島国で、ソニー、松下、トヨタなどのグローバル企業、そしてプロダクトが作られたことが奇跡に思える。日本人の強みだ。
シイラをゲット。
HALOのオフィスを移転した。3年目で3つめのオフィス。ちょっとずつだけど、確実に積み重なっている。
メールで香港のAISECの学生が連絡をくれて、東京でランチをすることに。自分の英語力の低さに落ち込み、レアジョブを始めた。
9月
2011年も最後の1/3になって、やっと糸口をつかめてきた。ハロを始めていちばんみながんばっているかも。受注と、新規事業と、各自の強みを活かせる仕事が溢れている!
インターンを積極的に採用し、実践の仕事をする。本当に助けられたし、僕らも本気の仕事場として、価値を提供できているといいな。
会社のベースとなるサービスにトラブル。お客さんにも迷惑をかけたし、しんどかったけど、ピンチの時にまとまるメンバーが誇らしかった。
韓国出張で10社のスタートアップと会う。
第3クオーター最終日。無事達成し、打ち上げをすることができた。焼肉からのダーツで土下寝2回発生。
われわれは仲が良いことが強みになる。これからは、ONE PIECEの仲間のようにメンバーが増えて言ったらいいな。。
10月
韓国の提携企業、appdiscoのメンバーが来日。
開発合宿メンバーにサービスのFBを求めたり、久しぶりにclubに行ったりと日本を感じてもらった。
adtec TOKYOに出展。自分たちのサービスを世に問うことは、非常に楽しい。
HALO流 #adtechTOKYO への出展結果と気をつけたこと
11月
猫を飼うことになった。が、トライアルの初日に体調を崩して亡くなった。嫁と二人で泣いた。でも、新しい家族がくるという準備で、ヨメは元気になってきたようだ。ありがとう。その後に、今は2匹の猫と暮らしています。
HALOの今後の方向性について話しながら、メンバーで飲む。その後、久しぶりに矢野と二人で深夜まで飲んだ。大事な夜だったと思う。
Tully’s coffee創業者、松田公太さんと縁あってAerosmithのライブに。爽やかなきもちにさせてくれた。Twitterで行く人募集していたんだけど、飛び込んでみるもんだ。
レーシックをしたら、目が良くなると同時に世の中もちょっとだけ見えるようになった気がした。
12月
フジテレビ、ブレイブソフトとの共同プロジェクト「ごきげんようのサイコロ」をリリースした。共同事業の進め方、ユーザーの使い方を本当に考えた。
12/9、iPhoneアプリ『アドラッテ』がAppstoreランキング1位を獲得。創業依頼、一番手応えを感じている。
HALO感謝祭を開催。去年は10人だったけど、今年はインターンが増えて20人。みんな、よくやった!
オマケ
「ONE PIECE」をやっと読んだ!
会社を自分たちでやるって、海軍を創るんじゃなくて、海賊になるってことだと考えてる。どっちが正しいってものじゃないけど。少なくとも僕らは、海賊でありたいし、圧倒的な自由と冒険を追求したい。
LIVEに沢山行った!
なぜか10月から連続でSIAM SHADE、Aerosmith、Eric Clapton、B’zとスーパーギタリストのライブに行く。ステージで表現すること、音で世界にメッセージを伝えること。LIVEの場が、一番元気をもらえるんだ。とくにJoe Perry, Eric Claptonはもう生で見ることができないかもしれないけど、還暦すぎているオジサンがこんなにやるなんてすごい。B’zも23年も第一線でやっているわけで、会社の3年なんてほんの駆け出しに過ぎないな、とも思った。
というわけで、なんだか盛りだくさんな1年でした。家族は一人より二人、仲間は同じ目的を持てるやつらが沢山いたらもっと楽しくなるな、と思っています。このブログを通じて共感を広げている仲間のみなさん、今年はありがとうございました!
来年もよろしくお願いいたします。
2011.12.31
Osamu Ise / イセオサム