60歳のルーキー

 

 

今日、急いで向かう場所があったのでタクシーに乗った。

「赤坂まで」というと、運転手は「道がわからないので教えてください」と言う。

え!ここからほぼまっすぐだろ・・・。

パッと見60歳くらい、プロ失格、と降りようかと考えたがそのまま乗ることにした。

 

目的地も近くなり、ナビが明らかに逆を指していたので、逆ですよ、と会話をした。

彼は、「ああ、わかりました」と言った。

彼の声は、少し震えていたのかもしれない。

訛っていたのが気になり、出身を聞いてみた。

すると、宮城だという。

 

さらに話を聞くと、被災して仕事がなくなり、東京の知人の家に居候し、そこで初めてタクシーの運転手という職についたらしい。

正直に「道がわからない」と言うと、降りてしまうお客さんもいると言う。

もし僕がそうしていたら、彼はまた一つ、心の傷を増やしてしまったかもしれない。

 

プロにでも、駆け出しの時はある。

僕は、ちょうどその時の彼に出会っただけなのだ。

60歳(推定)から新たな仕事にチャレンジするなんて素敵じゃないか。

 

無事、目的地に着き、お会計をした。

がんばっている人に、「がんばって」と声をかけてはいけない、とどこかで聞いたので、

「また乗りますね」と言ってみた。

ちょっとだけ、彼は笑顔になってくれたようだった。

 

「釣りはいらねえよ」もやってみたかったが、それは似合わないのでやめておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※写真はイメージであり、実物と関係はありません。